ダービースタリオンマスターズ(ダビマス) 競走馬としてのノーザンダンサー

ダビマス 競走馬としてのノーザンダンサー

競走馬としても十分に偉大だった

ノーザンダンサー

 

ダービースタリオンマスターズ(ダビマス)をプレイしていれば、たぶんすぐに気付くことだろうけど、種牡馬にしても繁殖牝馬にしても、「ノーザンダンサー系」の馬っていうのは、時に嫌になるくらいたくさん登場してきている。

 

ダビマスの種牡馬や繁殖牝馬の選択は、かなり現実に即して行われているわけだから、それは実際の競馬の世界においても、ノーザンダンサーの血を受けた馬たちが、いかに勢力をふるっているかの証明にもなっている。

 

「じゃあ、ノーザンダンサーってどういう馬なの?」というところから始めていきたい。ある意味では、彼が辿ってきた道筋は、同時に20世紀後半の世界の競馬の歴史をなぞることにもなる。

 

ノーザンダンサーが産まれたのは1961年。場所はカナダの大都市トロント近郊のオシャワにあるウインドフィールズ牧場というところだった。父はニアークティック、母の名はナタルマ。

 

ニアークティック

ニアークティック

 

ニアークティックは、ノーザンダンサーの生産者でもあるE.P.テイラー氏自身が生産した馬。テイラー氏は、1952年にイギリスのニューマーケットで1頭の繁殖牝馬を求めた。父にハイペリオンを持ち、母系も優秀だったレディアンジェラという名の牝馬は、お腹の中に当時のトップ種牡馬であるネアルコの子を宿していたこともあって、テイラー氏が落札するためには、かなりの高額を要した。

 

翌年、イギリスでネアルコの子を産んだレディアンジェラは、再びネアルコの子を産んだレディアンジェラは、再びネアルコ配合され、受胎確認後、テイラー氏のお膝元であるカナダのウインドフィールズ牧場におくられる。そして1954年の春に産まれる牡駒がニアークティックだ。ニアークティックは3~6歳時に47戦21勝の優秀な戦績を残し、特に5歳時はレコードタイムを4回も記録して、カナダの年度代表馬にも選出された。

 

ナタルマ

ナタルマ

 

母ナタルマは、1957年にアメリカのサラトガで行われた2歳セリ市でテイラー氏が買い求めた馬だった。アメリカで走った彼女は7戦3勝の成績で、ケンタッキーオークス出走を目指していたが、調教中に骨折してそのまま引退、ウインドフィールズ牧場に戻って、繁殖牝馬生活に入った。

 

1960年春、テイラー氏は繁殖牝馬になったばかりのナタルマに、これまた種牡馬入りしたばかりのニアークティックを付ける事にした。この両親から産まれてくる子はゲインズボロー4×5のインブリードを持つことになるが、それ以上にネアルコ、ハイペリオン、ネイティヴダンサー、マームードという歴史的名馬の血をバランス良く受け継ぐことに、テイラー氏は大きな魅力を感じていたと思われる。

 

産まれてきた牡駒は、筋肉、骨格ともに逞しく、さらに気性も強かったが、当時のサラブレッドの概念からすれば、とにかく小柄だった。そのせいだろうか、結局ノーザンダンサーには買い手が付かず、ウインドフィールズ牧場の所有馬として競馬で走ることになる。

 

3歳8か月にカナダでデビューしたノーザンダンサーは、7戦5勝の成績をかの地で残し、11月に渡米。距離8FのレムセンSなど、アケダクタ競馬場で2戦2勝の成績をあげて3歳時を終えた。

 

フロリダで行われた4歳緒戦こそ3着に敗れたが、そこからノーザンダンサーの快進撃が始まる。フラミンゴS、フロリダダービー、ブルーグラスSなどを楽勝し、5月に行われるアメリカ4歳最大のレース、ケンタッキーダービーに駒を進めた。2番人気でレースに臨んだノーザンダンサーは、向こう正面で先頭に立つと、1番人気馬ヒルライズの追撃をクビ差しのぎ切り、そのままトップを維持してゴールに飛び込んだ。歴史と伝統を誇るケンタッキーダービーでカナダ産馬が優勝したのは、ノーザンダンサーが最初だった。ダービーの勝者に贈られるバラの花束に囲まれた小柄な牡馬は、まずひとつ、競馬の歴史を塗り替えてみせた。

 

3冠2戦目のプリークネスSを楽勝したノーザンダンサーは、1948年のサイテーション以来16年振り史上9頭目の3冠馬を目指して、ベルモントSに出走してきた。3冠レースで初めて1番人気に推された彼だったが、道中のスローペースに引っかかったことも災いして、クォドラングルの3着に敗れてしまう。

 

3冠という大魚は逃したが、ケンタッキーダービー、プリークネスSというふたつの大きな勲章を手に入れて8月にカナダに凱旋したノーザンダンサーは、地元の大レースであるクイーンズプレートに出走し、7馬身差の圧勝を飾り、カナダのファンを熱狂させた。その後、屈ケン炎を患ったこともあって、ノーザンダンサーはこのレースを最後に現役を引退することになる。通算成績は18戦14勝。

 

1964年のカナダ年度代表馬、アメリカ最優秀4歳牡馬のタイトルも獲得した彼は、翌年から故郷のウインドフィールズ牧場で種牡馬生活に入る。もちろんテイラー氏を筆頭に、種牡馬としてのノーザンダンサーに対する期待は、それなりに大きかったとは思う。だけどたぶん、やがて急速に世界的規模に拡がっていく彼の史上空前の大成功もこの時点で予期していた人は、その関係者含めてもほとんど皆無だったと言ってもいいだろう。

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